ファッション豆知識 #2

ジャケットのオリジンは古く貫頭衣に端を発する。貫頭衣とは、簡単に言えば、長方形の布袋の開口部をしたにして、首、両手の出る部分に切込みを入れたものである。

これが洗練され、まず袖がついた。ついでクルーネック状の首周りが窮屈なところから、前首のところに縦の切込みを入れ、窮屈さをなくした。また、脱ぎ着しやすいように、首から下を切り込んでしまい、前開きが当たり前となっていった。

このスタイルがさらに洗練され、切込みを入れただけの首の状態から、別布でカフスをつけるようになった。また、前開きを留める方法として木の枝やツノ、竹など細長いものを使ったトッグルボタン、ボタンホールを開けて薄べったい貝や薄く輪切りした木や角、青銅などによるボタン付けがはじまった。つまりジャケットのはじまりは詰襟スタイルだったのである。

ラペルのフラワーホールについて

そのうちに、首元も窮屈で、いかついイメージのあるこのスタイルを、暖かい季節には上部ボタンのみ外して折り返し着る着方が一般化し、それを前提とした形が仕立てられるようになってきた。折り返した部分は衿と呼ばれ、元に戻らないよう折線で縫うなどしたいわゆる今のジャケット型のはじまりである。折り返した部分には、ボタンとボタンホールがなごりとして残り、ボタンは、ボタン止めが衿表に出てみっともない、むしろ邪魔になるなどで廃れていった。

ラペルのフラワーホールについて

但し、ボタンホールは、その後伊達男たちによって、バラなどの枝つき花を挿すおしゃれポイントとなり、また公式行事に身分や所属をあらわすきらびやかな衿章をつけるなど、意味を持ち、そのために残された。

それで、このボタンホールは、フラワーホールとも呼ばれ、伝統を誇るメーカーの服では、いまだに衿裏を見てみるとこのホールの下に、枝を保持するための紐までが誇らしげに付けられている。過去、このフラワーホールあるいは懐中時計の名残のウォッチポケット、ガンパッチ(銃床当て)、手袋をはさむ肩章、衿につくタブ、馬に乗ることを前提とした裾割りベンツなど一見過去の遺物とも見えるものについて、服飾研究者の間で、その是非や改廃について長い間取りざたされてきたが、服飾界の大勢は、『服飾とは、ある時期ある地域に根付いた文化と慣習の表現が、洗練され伝統となり、そのスタイルを支持する層によって事実上のスタンダードとなったものであるから、即物的に機能本位で軽々に改廃するものではない』つまり『服飾やメイクアップを機能のみで論じるのは間違いだ』と認識し、今日に至っている。

ラペルのフラワーホールについて

簡単な話、女性のお化粧や髪形などを、生活機能で判断すること自体、意味がないことは誰でも知っているではないかというわけである。

伝統を重んじる英国とその旧属領はもちろん、旧弊打破をアイデンティティとする米国や、デザイン本位国家と言えるイタリア、ファッション宗主国を自認するフランスでさえも、この不文律には逆らえず、むしろかくして積極的に服飾文化を守っているとさえ言えるのである。