【制服の歴史】いつから始まった?明治時代から令和まで…学生服メーカーが紐解く制服ファッションの歴史

学生向け

「制服っていつからはじまったの?」

「制服ってどんな歴史があるの?」

実は日本の制服文化は世界的に見てもかなりユニークで、

時代ごとに激しい変化を遂げてきました。

今日は、今年で創業150年!

老舗学生服メーカーのトンボが、明治時代から令和まで、

年代ごとに制服の歴史をわかりやすくご紹介します!

明治・大正時代:最初は「詰襟(学ラン)」、「袴(はかま)」が最先端だった!

日本の学校に制服が登場したのは明治時代。

当時は学校に行けること自体が高いステータスを意味し、学生はエリートの象徴でした。

  • 男子: 軍服をモデルにした「詰襟(学ラン)」が登場。
  • 女子: 最初は着物でしたが、動きにくいという理由で「袴(はかま)」スタイルが誕生しました。

袴(はかま)は、今では卒業式の定番ですが、当時はこれが通学服。

ブーツを合わせるスタイルは、当時の女子学生にとって最高に”ハイカラ(おしゃれ)” な格好でした。

学習院が明治12年に採用した詰襟

海老茶(えびちゃ)式部

華族女学校が採用していた紫色の女袴(はかま)を採用。紫色は一般の女学生には高貴すぎる色として、途中からそれに変わる海老茶色が採用された。紫式部を文字って海老茶(えびちゃ)式部と言われていた。)

参照元:トンボ学生服 https://www.tombow.gr.jp/uniform_museum/style/style03.html

昭和初期:憧れの「セーラー服」デビュー

いよいよ大正末期から昭和初期にかけて「セーラー服」が登場します。

セーラー服はもともとイギリス海軍の軍服でしたが、子供向けに可愛らしくアレンジされたものが貴族の間で大流行し、子供服向けの洋服として定番となりました。

男の子のセーラー服姿(復元品)

19世紀後半のヨーロッパで子供の晴れ着として男女を問わず流行した。

なお、日本でのセーラー服の導入は体操服が始まりと言われています。

日本女子体操教育の母と呼ばれる、井ノ口阿くり考案のブルマー型体操服(復元品)

なお当時の日本は非常に保守的で、女性が体操をすることは認められず、この体操服は普及しなかった。

その後、時代の流れとともに制服も洋装化が進み、ミッション系の学校をはじめしとしてセーラー服が普及していきました。

最初のセーラー襟のついた洋装制服平安女学院(京都市)1920年(大正9年)採用(復元品)

福岡女学院セーラー服 1921年(大正10年)採用(復元品)

参照元:トンボ学生服 https://www.tombow.gr.jp/uniform_museum/style/style03.html

戦時中:オシャレ禁止!「もんぺ」の時代

しかし、昭和10年代に戦争が始まると状況は一変します。

 軍国主義の中では思想を含めたあらゆるものが統制され、服装の自由はなくなりました。

また物資の枯渇によって服を作る布も足りなくなりこのようなスタイルに変化します。

  • 男子: 学ランの代わりに、軍服に近い「国民服」や、足に布を巻く「ゲートル」姿に。
  • 女子: スカートは禁止。動きやすさ重視の「もんぺ」(ゆったりしたズボン)に。

絣(かすり)生地で作られたセーラー服(復元品)

ゲートルを巻いた生徒

参照元:トンボ学生服 https://www.tombow.gr.jp/uniform_museum/style/style04.html

空襲を想定した防空頭巾や、身元をはっきりさせるための名札をつけているのも特徴的です。

戦争が終わると、昭和22年に学校教育方が公布され、現在の教育制度が整えられました。同時に男子は学ラン、女子はセーラー服の戦前のスタイルが定着しました。

1970年代〜現代:ブレザー化と「自分らしさ」

1970年代、当時の日本の学校は先生が生徒を厳しく管理しようとする「管理教育体制」で、生徒指導も大変厳しいものでした。

それに生徒が反発する形で、スケ番スタイルを代表する変形学生服が登場しました。

スケ番スタイル

スケとは女のことで、スケ番は女番長の意味。

さて、学生服と言えば「セーラー服と学ラン」が当たり前の世の中、1980年代後半には大きな変化が起きます。

それが「ブレザー」への移行です。

激化する生徒指導が問題視される中、私立校がイメージアップ戦略として、有名デザイナーを起用したデザイナーズ制服を採用。

当時のトンボでは、山本寛斎さんや中野裕通さんなど、世界を股にかけるデザイナーと一緒に制服を手掛けました。

こうして、ブレザージャケットに、チェック柄のスカートやネクタイなどを合わせた今の私たちがよく見るブレザースタイル」が徐々に定着していきました。

嘉悦学園ブレザースタイル(東京)

1984年(昭和59年)から採用したブレザーとタータンチェックの制服は、同時期に採用された品川女子高のキャメルブレザーなどとともに、画期的なスタイルとして人気を集め、全国に波及するきっかけとなった。

20世紀末に登場した着崩し高校生ファッション

ミニスカートにルーズソックスを合わせたスタイル。

その後平成を迎えてからは、これまでの時代とは一変し、個人ごとを重視する多様化の時代へと突き進んでいきます。

少子化やゆとり教育、LGBTQなどさまざまな社会情勢に合わせて、制服も着こなしのトレンドが変化していきました。

令和ではSDGsの浸透もあり、多様性に配慮した性差を感じさせない制服の考え方である「ジェンダーレス制服」の採用校が増加。

「生徒の個性や意思を尊重した取り組み」と評価されています。

ジェンダーレス制服のポイントとしては

  • 女子がスラックス(ズボン)を選べる
  • 色やアイテムを自由に組み合わせられる といった、「多様性」を大切にする
  • 男女兼用のアイテム(パーカーやニット等)を採用し、男女間の性差を感じさせないこと 

などがあげられています。

令和のジェンダーレス制服のイメージ

参照元:トンボ学生服 https://www.tombow.gr.jp/uniform_museum/style/style04.html

まとめ:制服は「進化するファッション」だ!

こうして振り返ると、制服はその時代の「空気」を映し出す鏡のようなものです。

 袴(はかま)からセーラー服へ、そして自由な選択ができる今のスタイルへ。

制服はただの決まり事ではなく、長い時間をかけてアップデートされてきた「歴史の結晶」です。

明日から制服を見かけたら「これには100年分の物語が詰まってるんだな」なんて思ってみると、いつもの世界が少し違って見えるかもしれませんよ!

▼さらに詳しく制服の歴史を知りたい方はこちら

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トンボ学生服の株式会社トンボは学校制服のメーカーです。高校・中学・小学校の制服、体育着などの企画・生産・販売をしています。

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