卒業式に、第二ボタンをもらった、あるいは送ったことはありますか?
好きな人の第二ボタンを貰いに行くためにドキドキしながら話しかけたなんて思い出を持っている人も多いのではないでしょうか。
親世代から現代にわたって長い間定番だったこの風習。実はこのエピソードには、教科書にはのっていない、切なくも温かい「物語」が隠されています。
今回は、卒業式に第二ボタンを贈る意味とそのルーツについてご紹介します。
始まりは、戦時中の「命懸けの分身」

この風習のルーツは、太平洋戦争という激動の時代に遡ります。
【エピソード】
あるところに兄弟がおりました。弟はまだ、当時数少なかったエリート学生でした。 その頃多くの人と同じように兄は兵役に就く前に結婚し、戦争に行った後には兄嫁と弟が残されました。
弟はいつしか夫の身の安全を気遣う兄嫁に惹かれていき、兄嫁もそれに気がついていましたが、 国のために戦っている兄や夫を思うと、とても、そのようなことを口に出せる状況ではありませんでした。
やがて戦局が悪化し、弟にも召集令状が来ました。そして出征の日、物資欠乏の折から、弟はまだ軍服ではなく学生服を着て出征したのですが、戦地でいつ死ぬかも知れない身ですから、兄嫁に切ない思いをを伝えたくて、また自分の分身として持っていてもらえるものとして胸の第2ボタンを渡したのでした。
彼が、なぜ「二番目のボタン」を選んだのか。そこには3つの深い理由がありました。
- 「心」に一番近い場所だから: 第二ボタンは、ちょうど心臓(こころ)の位置にあります。自分の命、そして魂を預けるという意味が込められています。
- 誇りと身だしなみを守るため: 第一ボタンは、学生としての誇りであり、襟元を正す顔です。それを外せばだらしなくなってしまいます。誇りを保ちつつ、自分の肌に最も近く、温もりを宿したパーツとして、第二ボタンが選ばれたのです。
- お守りとして:小さな金属ボタンは、ずっと変わらず小さくても大事にしてもらえるシンボル要素があったからと思われます。
この物語は長く封印されていましたが、戦後、ある恩師が語り継いだことから、全国の生徒たちへと広がっていきました。
令和の今、形を変えて受け継がれる文化

時代は流れ、制服のスタイルも「学ラン」から「ブレザー」へと多様化しました。それに伴い、第二ボタンの風習も少しずつ姿を変えています。
最近では、ボタンの代わりに「ネクタイ」や「校章」を贈ったり、交換したりする姿も多く見られます。また、形ある「モノ」だけでなく、花束やバルーンを贈り、「二人だけの記念写真」を撮ることで、消えない思い出を残すスタイルも定着しました。
形は変わっても、「大切な人と繋がりたい」「特別な思い出を共有したい」という、胸の奥にある願いは、あの時代の学生も、今の皆さんも、きっと変わりません。
まとめ

今回は、卒業式に第二ボタンを送るようになった歴史と、現在の変化についてご紹介いたしました。
今、皆さんが手にしている第二ボタンや制服のパーツたち。それは単なる付属品ではなく、かつて誰かが「命を懸けて伝えたかった想い」から始まった、日本独特の美しい文化のバトンから始まったのでした。
誰かに贈る人も、大切に自分の手元に残す人も。 あなたの学生服が、一生忘れられない輝かしい思い出の1ページになると嬉しいです。
※エピソードについては諸説あります。
