来年も一緒に......編

耳が痛くなりそうなほど、ピンと空気が張った冬の日。
寒いと外に出たくなくなるけれど、今日は寒いことが嬉しかった。
「ねぇねぇ、こんなに寒かったらコート着て行ってもおかしくないよね?」
真央は朝ご飯を貰う前の犬のように母親の周りをソワソワと行き来する。
「そうねぇ……だいぶ冷えるし、着て行ったら?」
「やったー!」
ハンガーにかけて数日、ずっと出番を待っていたダッフルコートがようやくデビューできる。
袖を通すと、真新しいコートは着なれていないせいか少し重く感じた。
でも、それすらも嬉しくて鼻歌交じりでトグルを止めていく。
紺色のダッフルコートは、制服の寸法を測りに行った時に一緒に選んだもので、なんだか遠い昔のようにも思えた。
制服は選ぶことが出来ないけれどコートは何種類かの中から選べたので、一緒に行った母親が呆れるほど悩みに悩んで買ったものだった。
(だって、三年間着るコートだもん。いっぱい悩んで選ぶのは当たり前じゃない?)
それが真央の主張だったのだが、母親にはあまり理解してもらえなかったようだ。
「あら? 試着した時はもうちょっと手が隠れていたけれど……ちょうど良くなったわね。背が伸びたんじゃない?」
「そうかな?」
自分ではあまり気付かないけれど、言われてみれば確かに、試着した時よりも丈が短くなったようにも感じる。
「ついこの間、入学式に出た気がしたのに……一年って早いわねぇ……」
しみじみと呟く母親の言葉が、少しだけ真央の心に残る。
(そっか……もう、一年生もあとちょっとなんだ……)
あんなに緊張して校門をくぐった中学校に、気付けば緊張せずに通うようになっていた。
制服を着ることだって、当たり前の日常に溶け込んでいる。
それは真央が成長をしたことの表れで、良いことのはずなのに何故だか『寂しい』という気持ちが現れた。
(何で寂しいって思うんだろう……?)
自分で自分の感情が良く分からなくて首を傾げていると、コートを着てはしゃいでいた娘が急におとなしくなったことを母親は心配になったらしい。
「真央……? どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ううん、大丈夫!」
「そう? テスト前なんだし、風邪には気をつけなさいよ」
「はーい」
のんびりとした返事をしてから真央は鞄を手にした。
新しいコートに浮かれていたけれど、そろそろ家を出ないと遅刻してしまう。
母親に『いってきます』と言ってから外へ出る。
「あれ? そんなに寒くないかも……?」
風が吹くと寒いけれど、コートがなくても平気な気がする。やっぱりコートを着て行くのを止めようかと思ったけれど、時間的に戻るのは難しい。
諦めて歩いていると、向こう側に中原の姿が見えた。
(中原くんの着ているPコート、私が迷ってたやつだ……!)
とはいえ、スクールコートは真央の着ているダッフルコートと中原の着ているPコートの二択しかなかったのだが、色は黒、紺、グレーとあり悩みの範囲が広かったのだ。
中原は真央が悩みに悩んだグレーの色を着ていて、やっぱりPコートにすれば良かったかなと、少しだけ後悔が顔を出す。
「おはよ」
真央に気付いた中原が近づいて、声をかけてきてくれた。
「おはよう。今日も寒いね」
「そうだな」
ありきたりな挨拶をかわして、向かう先は同じなので自然と並んで歩くことになる。
(うわぁ……中原くんと一緒に通学してるみたい)
特に会話はないのに隣同士で歩いているだけで嬉しくなるのだから、人の心というのはとても簡単だ。
寒いはずなのに、顔だけがポカポカしている気がしてつい顔を触ってしまう。
「……やっぱ、今日寒いよな」
自分に話しかけてきたのか、それとも独り言なのか。
返事をした方がいいのか迷っていると、中原が真央の方を向く。
「清水もコート着てるし、寒いよな」
二度も『寒い』を繰り返す。
(そういえば中原くん、コートだけじゃなくてマフラーもしてる)
寒いけれど、まだマフラーをするほどではないと思う。
「中原くん……風邪気味?」
「いや、めっちゃ元気」
「じゃあ……寒がり?」
「普通だと思う」
ふいっと視線をそらされてしまった。
(あ、当たっちゃったかな……)
春のスケッチ大会から何度か中原と会話をするようになって、幾度となく見たこの仕草。
思い返してみれば、中原の都合の悪いことを真央が指摘してしまうと視線を反らされていた。
気まずいときの癖なのかもしれない。
きっと本人も気付いていない、真央だけが知る中原の癖だ。
特別感に浸っていると、再び中原が口を開く。
「……そういえば、今日の英語で小テストがあるって噂、知ってるか?」
「ええっ!? し、知らない! どうしよう……絶対、単語の書き問題だよね」
英語の先生は小テストが大好きな先生で、事あるごとに単語のテストをするのだ。
「ああ、期末テスト前だし……その可能性は高いだろうな」
そのまま中原との会話が途切れてしまい、せっかくの楽しかった通学が沈んだ空気になってしまう。
(なんか楽しいこと、考えよ……)
チラリと中原を見るとコートが視界に入り、中原に似合っているなと改めて思う。
(私もダッフルじゃなくて、Pコートを選んでいたら中原くんと同じだったんだよね……)
何となく、お揃いのPコートを着て一緒に歩いている姿を想像して、一気に顔が熱くなった。
(は、恥ずかしい……! 無理無理っ! コート着て学校行けなくなっちゃう……!)
頭の中に浮かべた想像を打ち消すように頭を振る。

「清水、どうした?」
「う、ううん! なんでもない! テストのことと考えたら嫌だなーって思って頭から飛ばそうと思って」
「ははっ、それで覚えた単語も飛んだら意味なくない?」
「そ、その時は、また勉強して覚えるもん!」
そう言い返すと、中原が少し考えるような仕草をする。
「勉強かー……清水、テスト勉強ってしてる?」
「え? まあまあ……かな」
「そっか……俺、家だとマンガとか見ちゃって全然できないんだよな。いっそ学校でしたほうが勉強出来るんじゃないかとか考えたんだけど……どう思う?」
「そういえば、図書室で勉強してる人もいるよね。でも……」
真央たちの中学校では、テスト前は図書室も閉まってしまうのでその方法は使えない。
「図書室は無理なのか……じゃあ、教室で居残って少し勉強するとかどう?」
「うん、いいと思う」
「じゃあ、決まりだな! 今日さっそく勉強しよう!」
中原が笑顔でそう言い、真央は目を丸くする。
(あれ? これって私……中原くんと一緒に勉強するってこと!?)
もしかしたら真央の勘違いかもしれない。
もう一度、きちんと中原に聞こうと口を開こうとした瞬間、中原が目の前を歩いていた男子生徒の名前を呼びながら走って行ってしまった。
「あ……」
それを目で追いつつも、中原を追いかけることはできなくて。
(一緒に勉強とか……きっと私の勘違いだよね、うん)
中原が自分を誘う訳がない、そう言い聞かせながらその日を一日過ごし――

「……清水、ここのページって出るって話してたっけ?」
「えっと、ちょっと待って……今、ノート見てみるね」
気付けば放課後。
机を合わせて向かい合わせで中原と勉強している自分がいた。
小学校の時には中原と一緒に勉強するようになるなんて、想像もしなかった。
(私、いつの間にか中原くんと自然に話せるようになってる……)
まだ積極的には話せなくて、声をかける時はドキドキしてしまうけれど。
こうして話しを重ねていけばもっと仲良くなることが出来るのだろうか。
(でも、二年生にあがってもし違うクラスになったら……話すこともなくなっちゃうのかな)
きっと中原は、同じクラスで顔見知りだから真央に話しかけてくれているのだ。
せっかく仲良くなれて、こうして机を合わせて一緒に勉強をすることも、あと少しなのかもしれない。そう思うと、朝お母さんと話した時に感じた寂しさがよみがえってきた。
(やーめた! せっかく今が楽しいんだから、悲しくなってちゃ勿体ない!)
せっかくいつもは嫌な勉強が、中原と一緒で楽しいのだ。
二年生になった時のことは、二年生になってから考えればいい。
(……二年生になっても、中原くんと同じクラスになれるといいなぁ……)
どうして自分がそう思うのか。
ゆっくりと季節が巡るように、心の中に芽吹いた淡い恋心。それに気付かないまま、そう願わずにいられない真央だった。

――実は真央の通う中学は三年間持ちあがりでクラス替えがないのだが、それを真央が知るのは少しだけ先の話。