サイドストーリー

一生の友情編

中学生になって変わったことといえば、制服が出来たこと。
それともう一つ。
週に二回、塾に通い始めたことだ。
中学に入ってすぐの時は学校自体に慣れることに精一杯だったのだけれど、学校にだいぶ慣れてきたと思った夏休み前のある日の放課後、クラスの友達から塾に行っている話を聞いたのだ。
『英語とか難しいし……それにテスト勉強も教えてくれるんだよ。真央ちゃんも体験入学してみたら?』
塾のサイトを教えてもらい、ちょうど夏期講習の募集をしていたので参加してみたのがきっかけ。
そのまま気に入って正式に塾に行くようになったのは冬服の衣替えが終わってからだった。
塾は二十人ほどのそのクラスで、ホワイトボードがあって机が並んでいる教室は中学と同じような雰囲気だけれども、同じではない。
(通ってる学校は違うのに……同じ勉強で大丈夫って、不思議だよねぇ……)
テストだって共通ではなく、各学校の先生が作っているはずなのに対策勉強をしてくれる。
つくづく塾というのは不思議な事がいっぱいで溢れている場所だと真央は思う。

塾は勉強するだけの場所。
そう思っていたけれど、塾にもようやく慣れてきた真央には最近楽しみが出来た。
それは、他校の友達だ。
きっかけはその塾独自の授業である、ディスカッションの時だった。
国語の文章問題の応用で、課題文の中の登場人物がどう思ったかをグループで考えて発表するというもので、その時に同じグループになったのが矢部陽菜と久保由香の二人。
それから授業のたびに挨拶を交わすようになり、帰り道でお互いの学校のことを話すまでになっていた。
(陽菜ちゃんと由香ちゃん、二人ともっと話せたらいいのになぁ……)
けれども、二人と会って話すのは塾でのみ。
塾が終わる時間は遅いので、終わった後に話せるのもほんの少ししかない。
塾以外の日に遊ぼうと誘えればいいのだけれど、真央にそれを提案する勇気が出ない。
そんなある日、真央は陽菜に話しかけられた。
「模擬テスト?」
「今度の日曜日に隣駅にある会場でやるやつ、陽菜は受けるんだけど……真央は受ける?」
「あたしも受ける予定なんだよ~」
陽菜の背後から由香がひょっこりと顔を出し、にこにこと笑う。
「わたしも受ける予定だよ」
本当は模擬テストなんて一年生でまだ早いんじゃないかと思ったのだけれど、今のうちからテストに耐性をつけておけば、数年後の高校受験で緊張しないかもしれないと考えたのだ。
「誰も受けないのかなって思ってたから、真央と由香が一緒でホッとした~! ねぇねぇ、三人で待ち合わせして一緒に会場行こうよ!」
「賛成~っ! あたし、絶対ひとりじゃ会場行けないもん」
「私も、ひとりで行くの怖かったんだ~」
塾はひとりで行けるけれど、試験会場となるとまた別の話だ。
もし時間通りに辿りつけなかったらどうしよう。
もし会場の場所が分からなかったらどうしよう。
そんな不安が陽菜と由香と一緒ならば三分の一になるし、何よりも心強い。
「じゃあ、三人で行くの決まりね! 日曜日、10時に駅前集合ね」
陽菜の言葉に真央は首を傾げる。
「あれ? 陽菜ちゃん、テストって11時からだよね? 一時間も前に行くの?」
事前に配られた案内では試験会場は駅前のビルとあったので、辿りつくのに一時間も必要ない。
テストも11時からと記載されていたがそれは集合時間で、実際のテストは三十分から始まるというのはテストを受ける陽菜も知っているはずだ。
「せっかく違う駅に行くんだから、ちょっとだけ三人で遊んでから試験行こうよ」
「ええっ!? テスト前に遊びに行ったりして平気?」
慌てる真央に、陽菜も由香もにこにこと笑う。
「真央ちゃんは真面目だな~ちょっとお茶するくらいだよ~この間ね、陽菜ちゃんとタピオカドリンク屋さん見つけて行きたいね~って言ってたお店が会場からめっちゃ近いから行きたいんだ~」
由香がのんびりとした口調で説明をしてくれ、会場から近いのならと真央も納得する。
テストも大事だけれど、真央もお年頃なので流行りのドリンクには興味があるのだ。
「もしかしたらお店で並ぶかもだから、ちょっと早めに行っておこうかなっておもって集合時間早めにしたんだけど、もし混んでたらテスト後に行こうね」
きちんと間に合うように計画を立ててくれた陽菜の気遣いを見習いたいなと真央は思った。

――テスト当日。
開店同時に並んだのに、人気のタピオカドリンクとあって買い終わるまでに二十分ほどかかってしまった。
「陽菜ちゃんが集合時間早くしてくれたから飲めて良かった~」
「これでテストも頑張れそう! 陽菜ちゃん、ありがとうね」
「ふふふ、もっと陽菜を褒めてくれちゃっていいよ!」
無事にドリンクを買えたことにはしゃぎながら店の前にあるベンチに座り、お互いに買ったドリンクを一口ずつ飲んで感想を言い合ったりしていた。
(テスト前っていうの、忘れちゃいそうなくらい楽しいな)
休日に同じ中学ではない子たちと、こうして遊んでいる。
真央が勇気を出して塾に通い始めなければ出会えなかった光景だ。
陽菜と由香を交互に見ていると、陽菜が辺りを見回し始めた。
「陽菜ちゃん、どうしたの?」
誰か知り合いでもいるのだろうか。
「あのさ、真央はセーラー、由香はスーツ、陽菜はイートンだし……全員違う制服じゃん? 他の人からどーいう関係に見られてるんだろ?」
一足先にタピオカドリンクを空にしてしまった陽菜が呟く。
素朴な疑問、というやつらしい。
「同小で今違う中学とかかな~?」
「塾の前だったら、同じ塾行ってるって思われるだろうけどね。ここだと由香ちゃんが言った感じに思われてそうだよね」
由香と真央の意見に、陽菜がそっかぁと納得するように頷く。
何かを考えているのか、ブラブラと足を揺らしているのを見ていると、おもむろに鞄からスマホを取り出した。
「ねぇ、せっかくだから一緒に遊んだ記念に写真撮ろ!」
「賛成!」
「わ~い、可愛く撮ってね」
陽菜がめいっぱい手を伸ばして向けているスマホを笑顔で見る。
画面に映っている三人は、制服は違うけれど表情は全員同じ笑顔だ。

(ふふっ、お揃い嬉しいな)
駅前を歩く人たちが真央たちのはしゃぐ声に反応するようにこちらを見て通り過ぎる。
中には同じくらいの歳の制服姿の人もいて、もしかしたら同じテストを受けに来た人たちなのかもしれない。
(陽菜ちゃんと由香ちゃんが誘ってくれなかったら、私もきっとあの人と同じだったんだ)
テストに間に合う時間に駅に来て、楽しそうにお喋りをしている同年代の子たちを羨ましそうに眺めて会場に向かっていたのだろう。
塾に通っている間の、一時のお友達かもしれない。
けれども、今は間違いなくこの三人は大事な仲間だ。
(大事にしたいな)
もしかしたら、今から受けるテスト会場でも新しい出会いがあるかもしれない。
そう思うと、憂鬱だったテストも少しだけ楽しい気分になってくる。
「真央、笑ってるけどどうしたの?」
「タピオカドリンク、そんなに美味しかった~?」
無意識のうちに顔が緩んでしまっていたらしい。
「あはは、そうだね幸せだなぁ……って思ってたんだ」
「真央ちゃんってば大袈裟~」
「そうだよ、幸せって思うのはまだ早くない? 陽菜たち、これからテストが待ってるのに……ああ、思い出したらタピオカドリンク飲んだテンションが下がってきた」
「陽菜ちゃん、しっかりして~!」
由香と陽菜のコントのような会話に笑っていると、陽菜が写真を撮ってそのまま手にしていたスマホの画面に表示されている時計が見えた。
「わ! 二人とも大変! もう五十分だよ!」
慌てて真央が告げると、二人も飛び上がるように立ちあがった。
「えっ、ウソっ!? 真央、由香! 急ごう!」
「わ~ん、待って待って! あたしまだドリンク飲みきってないよ~!」
「とりあえず手に持って、走れーっ!」
バタバタと騒ぎながら三人で会場目指して走って行く。
今日のことはきっと高校生になっても、大人になっても――
いつまでも、中学の時の楽しい思い出として真央の心の中に残り続ける。
真央の横を笑いながら走る二人を見つめながら、何故だかそんな気がしたのだった。