ファッション豆知識 #8

馬に乗って狩猟、あるいは旅行することを主目的に考案されたジャケットは、長い間、男の着る服と見做されていました。ジャケットの目的は、乗馬での長期旅行を想定して、寒さや雨風、砂を防ぐ事、長期間着られる耐久性、訪問相手や道中で世話になる人に失礼でない見かけ、つまりフォーマルイメージの体現などでした。
そのために

  • 丈夫で毎日着られる耐久性のあるしっかりした仕立て【ティラード仕立て】
  • 乗馬時に必要なものを身近に置くためのアウターポケット
  • 雨で内容物(弾薬や干し肉など)が濡れないための雨蓋
  • 由緒正しくフォーマルな印象を相手に与える【衿】があること

が条件で、これは、道中で山賊やならず者と間違われないためにも必要でした。

また逆に内ポケットは付けていなかったと言われています。理由は、治安が悪い地域を旅行する際に、内側に武器を隠し持っていないことを表明しないと 襲われるリスクが高かったこと、ぴったりしたジャケットの内側に、財布や固いものを挟み込むと、窮屈であるとともに、馬の上下運動で内容物が暴れることを嫌ったこと、また落馬した際には、怪我のもとになること、スマートに見えないことなどが理由でした。

その後、治安がよくなり乗馬から開放された生活が送れるようになると、ジャケットは洗練の度を高めます。また薄手で滑りの良い裏地【スレーキと呼ばれました】が開発されたため、仕立て屋は高級を追及するため専用の裏地を薦めるようになり、その際に、表地と裏地の間に、あくまでも目立たないデザインで内ポケット(当時は隠しポケットとも呼ばれました)を進め腕のよさをアピールしました。当時、ポケットに入れるものといえば、身体に当たる違和感が嫌われたため、固く重いものは入れず、ハンカチなどの布や紙を入れたと思われます。(硬貨などは、別にチェンジ・ポケットがありました)

本来、男性アイテムであったテイラードジャケットを女性が着ることが認知されたのは、第一次大戦前後でした。 戦地に赴く男性に代わって、女性がオフィスに登場し【職業婦人】、オフィスにふさわしく男並みの格好で働くようになったからです。当初は,街のあちこちにあるメンズ・テイラーで女性用のジャケットが作られていましたが、メンズ・テイラーには致命的な欠陥がありました。それは、扱う生地の重さや仕立ての重厚さであり、何よりも女性の立体的な胸をきれいに包むパターン技術がないことでした。そこで、ヨーロッパではシャネルに代表される【当時としては】モダンなファッションデザイナーが、男っぽいが女性を意識した生地やパターン、デザインのテイラードを作り出し、喝采を浴びました。進取の気性で新しい物にチャレンジすることを誇りとしていた当時の米国でも、メンズテイラードが、女物を扱い始め、その後既製服として売れるまでになりました。

女性のジャケットスタイル

そんな頃のレディスジャケットの内ポケットに目を向けてみると、考え方の基本は、女性のボディを美しく見せることを目的に、出っ張りの基になるポケットは最小限とし、容量も名刺や女物ハンカチが入る程度を想定し他デザインが基本になっていますなお、当時の女性は、身だしなみを整えるハンデイ口紅やメイクアップ洋品、ヘアアクセサリー鏡、ブラシ、ワレット類、キー類を手提げバッグに携行することが一般的で、身に付けるものは、
◎表情を隠すための女物ハンカチ
◎身分証明書
◎トイレの鍵
【欧米特有の事情ですが、これも通常は手提げバッグに入れていました】
程度だったようです。

女性のジャケットスタイル

そこで内ポケットは正式名をバーティカル・インサイド・ブレスト・ポケットと称し、設計では

  • 利き手の右手で扱い易い左胸にのみ内ポケットを用意する
  • 乳首の下に内容物が納まるように設計(頂点部の乳首にかかるとごろつくため)
  • 女前であるため、取り出しやすさを考慮して、男の横開口部ではなく、縦開口部とする
  • ポケット深さは折りたたんだ女物ハンカチ、またはIDカードが入る深さ
  • 脇ポケット袋に干渉しない位置に設置する

が基準となりました。ちなみに日本ではチケットポケットと呼ばれた時期もあるようで、その用途がわかり興味深い ものがあります。

前述のジャケット経緯を受け継いだ形で、女性ジャケットのポケットは設計されています。しかし、出自はそうであっても、現実の使われ方と乖離していては実用的ではありません。女子ジャケットの内ポケットについても、新しいスタンダードを考える頃合かと思いますが、その際考慮すべきは、

  • 左右に突起がある女性の上半身の特徴を踏まえて、
  • 外ポケットに何を入れるか、身だしなみポーチを使うかを設定した上で、
  • 内ポケットに何を入れるものは何かの検討
  • 内容物にふさわしい内ポケットの個数、サイズ、開口形状、フタ、ポケット布
  • 内容物がこぼれ出ない設計
  • 内ポケットに必要なものを入れた場合の外見シルエットの見え方への配慮

などです。