歴史展示コーナー

昭和49年には学校制服に「S.I(スクールアイデンティティー)」の考え方を発表していた。 50年代になると、特に高校においては第二次ベビーブーム対応で新設ラッシュを迎え、既存校との違いを明確にし、新しいイメージを確立しようとする新設校を中心に、続々と学校別制服が導入され60年代にはいると本格的にS.I提案を採用する「新制服時代」の時を迎える。

新生期
昭和53年
TOPSオンラインシステムを導入、この頃より学校別制服を提案
昭和55年
本社と工場オンライン化
昭和57年
玉野本社流通センター新築
昭和59年
本社工場にAGMS(CAD)システムを導入
昭和61年
「トンボ絵画コンクール」を始める
平成元年
新C.I.導入、山本寛斎ブランドの学校制服発表
平成3年
本社工場内にカッティングセンター新設、オフィスユニフォームに本格参入、桂由美と契約
平成6年
ナカノヒロミチブランドのユニフォーム発表
平成8年
ユニフォーム研究開発センターを開設
平成9年
キラクブランドで介護用ユニフォームに参入
平成11年
玉野工場でISO9002を取得
平成13年
本社でISO14001取得
平成14年
生産本部・柵原工場でISO9001を取得
平成18年
「株式会社トンボ」に社名変更
4代目社長 倉田栄
4代目社長 倉田栄
(昭和60年〜昭和62年)
5代目社長 玉井義郎
5代目社長 玉井義郎
(昭和62年〜平成13年)
6代目社長 落司量則
6代目社長 落司量則
(平成13年〜平成24年)
7代目社長 近藤知之
7代目社長 近藤知之
(平成24年〜)
帝国株式会社 主要商標トンボ

60年代になると学校制服の導入は営業活動の新しい切り札として業界全体に広がっていく、テイコクの提唱していたS.Iの考え方がやっと浸透したのだった。学校別制服が一般化するにつれデザイン面で各社がそれぞれ特色を出すことに努力を始めた。学校からの要求もオリジナリティーの高い制服を選ぼうとする傾向が次第に高まってきた。こうしたなかで起こるべくして起こった学生服のDCブランド化であった。

KSF(カンサイ・スクール・フォーム) KSF(カンサイ・スクール・フォーム)
やまもと寛斎氏と商品企画契約(平成元年) やまもと寛斎氏と商品企画契約(平成元年)
中野裕道氏とライセンス契約(平成6年) 中野裕道氏とライセンス契約(平成6年)

学校制服の流れに対応するには営業から生産、物流までが革新しなければならなかった。 多品種少量生産、短納期での生産物流対応が求められてくるとそれまでの大量生産型からの脱皮である。テイコクは時代の流れを読み、いち早く営業情報・生産管理・物流管理のIT化を推進させ整備を進め、60年代から本格的に始まる個別学校制服に威力を発揮し大きな信頼を得た。

マーキング作業 マーキング作業
旧本社工場の全景(平成19年) 旧本社工場の全景(平成19年)
CAMシステム(自動裁断機) CAMシステム(自動裁断機)

制服に対する意識が大きく変化していくなかで、学校側の制服に対する関心も高まり、メーカーに対して情報提供を求める学校が増加してきた。制服展示会への出席に止まらず、さらに学校関係者が積極的にメーカーへ直接訪問を希望される傾向が見え始めた。このことは商品情報だけでなく企業力そのものが採用の評価基準になるという流れに変化を始めたのである。

本社プレゼンテーションルーム 本社プレゼンテーションルーム
商品企画の提案書 商品企画の提案書